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花城光門(はなしろ)

観音碑(石碑)は、中国の年号大清康煕三十一壬申立春、花城光門と書かれ、1692年2月花城光門と首里王府が島に派遣した粟国島(花城)地頭職の花城光門(翰カン氏)の観音碑と判明する。梵字の観音碑では沖縄最古の年月が明記され、粟国最古の遺産だが、クヮンヌル(観音碑)はまだ文化財指定を受けていない。粟国の観音堂のキャチフレーズとして、(1)沖縄一古い梵字の観音碑(2)観音碑を安置するただ一つの観音堂(3)沖縄で4番目に古い。

基本情報

カテゴリ その他 :人物 時期 新暦:
開催地 発祥時期 時代・年代: 不明  
参考文献 粟国郷友会創立50周年記念誌「絆」

概要

花城光門(翰カン氏)は、首里王府が島に派遣する粟国島(花城)地頭職の一人で、1691年頃に任命。

『人物 』の収蔵品

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